※この文章は、1998年10月1日ぶなの木出版発行の季刊誌『ひとびと』第73号に掲載されたものをウェブ用に加工しました。
(漢数字は数字に直してあります)


 

いじめホットライン電話相談活動報告 1998年6月


武田 さち子
(三多摩「学校・職場のいじめ」ホットライン電話相談実行委員会)


三多摩「学校・職場のいじめ」ホットラインの第2回電話相談活動を、6月12日(金)から16日(火)までの5日間、実施した。昨年は初めてということもあり電話相談のノウハウを学ぶため、管理職ユニオンを中心とした「全国職場のいじめ110番」と連携したが、今年は単独で行った。電話設置会場は昨年同様、メンバーの一人が所有する府中駅近くの『スペースあしあと』。
5日間にかかってきた電話相談件数は115件(再電話を含む)。内訳は、学校28件、職場62件、その他25件。
アフターケアーとして7月5日(日)に府中市グリーンプラザで、「個人面談とグループ交流」を実施。電話相談の限界、お互いの表情が見えない、具体的な話しがしにくい、一人の相談員の意見しか聞けない、話し足りない、等を補うために昨年も行って好評だった。
職場の問題で6名、その他の問題で3名、計9名が参加。片道3時間もかけて、きてくれた人もいた。
 今年で2年目。「素人の手で、とにかく実施できた」ということだけで大きな達成感を得られた昨年とは違い、突きつけられた課題の多さ・大きさが徐々に見えてきた。それらを含めてここに報告したい。


●事例について

これを読む人は、どんな相談が寄せられたのか、個々の具体的な事例についての報告を期待していると思う。
しかし私たちは、勇気をもって電話をかけてくれた人々のプライバシーを尊重し、一切の事例を公表しないことを誓った。電話設置会場で、相談員同士が電話の相談内容を話題とすることすらも禁じた。対応に迷った場合は、コーディネイターにだけ相談し、しかるべき人に電話を変わるなり、弁護士や労働組合、地域の相談窓口等に相談の引き継ぎを依頼する等の判断をしてもらう。5日間の全件に目を通したのは、集計に携わった人と実行委員長、アフターフォローの必要性をチェックする数名のみ。よって私自身、自分が受けた電話以外の具体的な相談内容を一切知らない。

実はこれには賛否両論があり、毎回議論が紛糾する。実施前に話し合われ一旦は結論が出ていたが、公募した新しい相談員も加わって、再び白熱した議論が繰り返された。
マスコミに対して公表しないということは多くが異論のないところだが、相談員すらも一切の事例を知らされないことについては、否定的な意見も多い。

 例えば、・・
プライバシーを守ることは大切だが、外に出さなければ、相談員同士が話し合うことは構わないのではないか。
名前や地域、学校、会社名、年齢等を出さなければ個人は特定されず、差し支えないのでは。
自分が行ったアドバイスが的確であったか、他の人の意見も聞きたい。
聞きっ放し、言いっ放しでは無責任だし、学習効果もない。
なかには自分の事例を公表して、相手に知らしめたい、世間にも知ってもらいたい人もいる。

事前にも、「相談者に聞いてみるのが一番いいのでは」という案も出たが、「公表してもいいか」の一言だけで不信感から電話を切られてしまうでは、という意見が出て却下された。

 他に反対意見としては、
同じような事例があって、それが自分のことだと思われてしまったら、それだけで信頼関係が失われる。
活動の場が地域であるだけに、具体的なことを伏せていても、思い当たる人もいるかもしれない。
電車に乗ったら偶然、目の前に座った人が相談員で、自分の相談内容を声高にしゃべっていて、不信感を募らせたという実話もある。
「ここだけの話し」も一旦知ってしまったら、いつどこで不用意に出てしまうかわからない。知らなければ話しようもなく、秘密は漏れない。
信じたいのは山々だが、中には興味本位で周囲に話してしまう人もいるかもしれない。そのときに責任がとれない。

等の意見が出た。結果、相談者との約束を最優先に、今年も一切、外部にも内部にも具体的な事例は公表しないことに決定。今後のやり方については、また改めて考えることとした。


●告知方法について

相談件数115件、この数を多いと見るか、少ないと見るか。
昨年は4日間で68件だったことから考えると確かに大幅に増えている。それは、ひとえに新聞やテレビにかなり大きく報道されたお陰と言えるだろう。
但し、待機していた相談員数が、スタッフを含めて約120名。何時間も待ち続けたあげく一本も電話が取れなかった人もいる。多くは1本から3本。事前研修を受け、自分にやれるかどうか不安と闘いながら、勢いこんでやってきたわりには電話が少なく、拍子抜けした人も多いと思う。毎日どのくらいの電話がかかってくるのか、蓋をあけてみなければわからないのが実状だ。

相談員の公募にしても、電話相談活動のアピールにしても、良い悪いは別にして、メディアの影響力の大きさを感じざるを得ない。メディアに積極的に働きかけた成果とも言える反面、他力本願的なあり方に疑問がないわけではない。
現状致し方ないと思いつつ、活動の成功・不成功がマスコミの関心度に左右されることに、自分たちの力のなさを見せつけられる思いがした。

また、学校の相談に関して、本人からの相談は4件で、内2件は大学生。子どもからの相談はわずか2件。あとは母親から17件、父親から5件、その他が2件(再電話4件を含む)。
昨年の反省から、なんとか子どもの手に電話番号が届くよう、いろいろ試みた結果だっただけに残念でならない。
今回は、子どもの目につきやすい場所にイラスト入りのポスターを貼り、その下に手でちぎりとれるように電話番号を書いた紙をつけた。可愛い絵柄の名刺にホットラインの番号を書いて配布したり、子供向け雑誌にも呼びかけを掲載してもらった。時間帯も、子どもが電話をかけやすいよう、朝10時から夜10時までとした。結果は惨敗。
いじめの電話相談活動をしていることや電話番号が、子どもたちに届いていないのか。それとも、相談してみる気になるほど信用されていないのか。
学校と職場を同列に並べながら、子どもたちからの相談がこない。ホットラインの今後の大きな課題だ。


●今年の傾向について

職場に関しては今回、リストラに関する相談が予想外に少なかった。
時勢がら、相談が少ないとはけっして思えない。だとすれば、より具体的な方法を求めて同時期に開催された『倒産110番』等、労組や弁護士等の専門機関へ駆け込んでいるということだろうか。世の中の情勢が、愚痴を聞いてもらうだけでは収まらないほど緊迫しているということか。素人相談の限界と共に、今後の学習の必要性を感じた。

昨年に比べて逆に増えたのは、その他の相談。
家庭内暴力や家族の問題、自治会や町内、団地、PTA等、地域でのいじめ等。地域でのいじめは、「学校・職場」と限定しているのに関わらず昨年もあった。今年は更に増えている。
いじめは今や社会現象であり、学校や職場に限定されない。人が集うところどこにでも起こり得る。特に閉鎖的な人間関係、空間の中では陰湿化しやすいという現実。
また、学校や職場のいじめは、公的機関や各種団体でかなり受け皿ができているが、地域のいじめに関しては相談窓口がないということが大きいだろう。主婦にとって、地域でのいじめは、日中自宅にいない夫や子どもからは理解されにくく、より孤立感を深める結果となっている。
また多くの場合、学校は地域の中にある為、学校での人間関係が地域での人間関係に影響することやその逆もある。

それから、相談ジャンルに関わらず増えているのが、あらゆる相談機関に相談した末に、最終的にホットラインに辿り着いたというケース。
世の中、法律的に解決できることばかりではない。人道的には、けっして許されるべきではないと思われるようなことでも、法的には手だてが見つからないこともある。むしろ多いかもしれない。これら多くの人は、専門家から「仕方ない」「我慢しなさい」と言われてきた。地域のいじめにしても、転校や転職と同じく、「転居しなさい」とだけアドバイスされる。だが現実には、今住んでいる地域を簡単に離れられる人がどれだけいるだろうか。通勤、通学、お金の問題。社宅なら、場合によっては職すらも失いかねない。

●ホットラインの意義

こうした解決の糸口が見えない問題に対して、私たちホットラインは、どう取り組むべきか。
「一緒に悩みます」。記者会見でも取り上げられたこの一言は、ある人にとっては確かに心の支えになるかもしれない。しかし、「それじゃあ、何の解決にもならない」と言われたとき、私たちに返す言葉はない。苦い思いだけが胸にわだかまる。

私たちは確かに、素人相談員のよさを確認しあって、この活動に臨んだはずなのに、現実の問題に際して決心はグラつく。素人だから、話しを聞くだけでいいのか。解決できなくてもよいのか。ボランティアだから、無料だから、相談者も期待などしていないのか。

「私たちが解決します」などと、できもしないのに過度の期待は与えたくない。かといって、「やっぱり、ここもダメか」と更なる絶望をも与えたくはない。
「ただ単に人々の不満のガス抜きをするだけの相談活動なら、しないほうがまし」と、メンバーのひとりは言う。それでは、私たちがこれまで批判してきたような行政や企業の方法、カウンセリングと称して人々の怒りの矛先を本来の相手・問題から逸らすやり方と、何ら変わらなくなってしまう。
怒るべきことに対して一緒になって怒ること。孤立無援で戦うひとに「あなたの怒りは正当なものだ」と言ってあげること。そして最終的に、人と人とがつながること。

ただ、誤解しないで欲しいのは、ホットラインがなんでもかんでも相談者の話しに肯き、行動を支援する会ではないということだ。「いじめには絶対反対」という共通の意思を持って集まってはいても、一人ひとりの考え方は違うし、その意思を統一する気もない。
「無理に統一しようとすること」「均一化しようとすること」が「異質を認めず」「差別を生み」「いじめを生む」ということを、多くの事例のなかから私たちは学んできた。だから、その人の抗議行動に賛同する・しない、参加する・しないはすべて個人の判断に委ねる。これが、今まで自然発生的に生まれてきたホットラインのやり方だ。

但し、メンバーの多くは、それこそどこに出しても恥ずかしくないような(?)、いじめにあってきた。あるいは現在もいじめにあっている人々だ。
そういう面で、世間一般の人よりずっと、いじめられている人の気持ちが理解できるし、戦う為のノウハウもある。
戦って得られるもの、失うものの大きさも知っている。私たちに専門性があるとしたら、それは相談電話を受けた数ではなく、あらゆるいじめや差別を受けてきた人たちの吹き溜まりであるということ。誇れるものは、いじめられた体験の豊富さ。

メンバーのなかには、今まで何年も孤立無援と思っていたが、ここへきて初めて同じ思いの人と出会って、ひとりではないと思ったと言う人が多い。その「同じ思い」が出会ったとき、本当の意味での連帯が始まる。「何もできない」と思い悩んだ日々の思いの強さが、人々を行動に駆り立てる。2人いた「同じ思い」ならもっと、5人、10人いるかもしれない。1人では何もできなくても、大勢集まれば世の中の何かを変えられるかもしれない。

ホットラインはまだ走り始めたばかりで、課題が多く、迷いも多い。
統一性がないということは、知らない人から見れば、組織として理解しにくく、自分がどうとけ込んでいったらよいのか、誰を頼って何をすればいいのか、とまどいうことも多いと思う。昨年、今年と市民相談員を募集し、来る人も多いが、去る人も多いのが現実である。

今のこの形がベストかどうかもわからない。単に新しい試みというだけで、すぐに潰えてしまうかもしれない。その一方で、これだけ人々の思いは強いのだから、ホットラインという形で残るかどうかは別にしても、けっして無駄ではないと、次へのステップに十分なり得るものなのだと信じたい。
 
とりあえず、これからもホットラインの活動を発展的に進めたいと強く願う人たちの手で、勉強会やシンポジウム等、新しい活動計画がすでに目白押しだ。
一度知ってしまったら、知らなかった頃には戻れない。やりたいこと、やらなければならないことはいっぱいある。自分たちのために、子どもたちのために。
これからのホットラインの動きに、ぜひ注目していただきたい。






       
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